頬杖のココロの奥

気がついたら頬杖を付いている私が斜め上を見ながらぼやく日々

改めて、ごめんな親友・・

この2週間、ちゃんと食事も摂れてちゃんと散歩も出来て

朝も起きて・・といいリズムが出来ていたのに、ここ2日で

ちょっと精神的に激しく落ち込み、ダメになってしまい

ました。

私の大親友が死んだ話は1月に書きましたが、私と知り合う前

に付き合ってた(というか、親友は共依存していたと言って

いた、恋愛とはちょっと違うと・・)人が、私の友達と

知り合いで、私から話を聞かせて欲しいということでした。

まぁ去年、親友はどれくらいからかわからないけど、とても

たくさんいた友達をどんどん切っていて、「たんちゃんだけ

特別な感じ」ということをよく言ってましたから、私に

やたら悩みを打ち明けていました。泣いたりもありました。

毎日、辛い現実から逃避したいのかくだらないメールや電話、

そんなのがあったり、たまに逢ってはご飯食べながら話を

したり。息子のバスケの試合を見に連れて行かれたり。

最後にメールを残したのも、今年に入ってからの親友の

状況をしっていたのも私だけだっただろうということで

快く承知して元カノさんと話しさせていただきました。

そこで改めて思ったのは、私には全く人間として子供

過ぎたということ。親友は凄い凄い大人でした。

自分が親友の話をもっともっと掘り下げて聞いてあげる

べきだったのに、それすらしてやれてなかったこと。

支えるとかそんな事は出来ないけど、聞いてあげることで

辛さを軽く出来たかもしれないのに。。

私より、もっともっと「死」に追い詰められた人だった

のに、私の心配ばかりさせて結局は何も出来ていなかった

のだな。。と痛感させられました。

元カノさんとは一昨年別れて、その後知り合ったのが

私でした。でも時々連絡はし合っていたそうです。

だから、ある程度の状況は知っておられました。

元カノさんには「今、すごい面白い子がおるんや~」って

私のことを言っていたらしいです。

「たんちゃんさんと知り合えて、彼は最後は本当に救われて

嬉しかったと思います。最後孤独のままじゃなくて本当に

よかった」と感謝されましたが・・

私は何もしてやれなかったんです、実際。

元カノさんと意見が一致したのは、もう限界だったのは

間違いなかっただろうということでした、奴の人生が。

ただ私が特別な存在と言うのは解りました。

元カノさんでさえ、嘘の誕生日を教えていたのに、私には

本当の誕生日を教えていました。

いつも女性に嘘の誕生日を教えていた・・と言ってました。

私もそうかな?と思ったんですが、私には本当の誕生日を

教えていました。

「ちゃんと飯食えよ」

「今日も眠れない、たんちゃんは眠れたか?」

「たんちゃん、自分が『病気』やと自覚せなあかんぞ」

奴の口癖でした。いつも心配ばかりさせていました。

声のトーンで素早く私の調子を察知する奴でした。

  奴「もしもし?」  私「はい」

その「はい」の一言で何があったかのか、自分の事を

放り出して「どした??」と聞いてくる奴でした。

私には今も同じように心配してくれる人が何人かいます。

奴と知り合うずっと前から心配してくれている人もいます。

でも私は、全員を振り回すという事をしています。

もう情けないです・・・ ごめんな、ごめんな・・

こうちゃんも、みんなも・・